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インドへ

1月17日
11:00、デュッセルドルフ発フランクフルト行きの飛行機に乗る。準備を直前にしたためあまり睡眠時間を確保できず寝不足だったので眠っていたらすぐに着いた。フランクフルト空港へ着くとすぐにAir Indiaのカウンターへ行きチェックインを済ます。

さてここから一仕事残っていたので、「よし」と自分に気合を入れてQatar Air Linesのカウンターを探す。膨大な数のチェックインカウンターがあり、インフォメーションで聞いてやっと発見した。が誰もいない・・・。

隣の航空会社の人に聞くと、今日は土曜日でフライトが午前中だけだったので、全員帰宅したとのこと。ドイツ国内並びに全世界の予約カウンターも閉っているという。どうしたものかと途方に暮れる。時間が迫っている・・・。

事の始まりは1月2日。年末にアムステルダムに遊びに行ったり、大晦日、正月と出歩いていたためその日はゆっくりとして、インド行きの航空券を取ろうと考えていた。いくつかの候補のうちQatar Air Linesが最安値を記録していたので、そこに決めた。

すべての情報を入れて最後の確認ボタンを押すとエラーメッセージが出た。システムの故障のためBookingできないとのこと。もう一度繰り返しても同じ。次の日に繰り返しても同じ。合計3回同じことをしてもどうにもならなかったので諦めた。

もちろん、BookingされていないのだからConfirmationもきていない。結局、Air Indiaで取ることにしてチケットを予約した。インド行きは1月17日。デュッセルドルフ~フランクフルト~ムンバイ。

ある一通のE-mailを受け取ったのが1月16日の深夜のことである。その内容はフライト36時間前になったのでWebチェックインできますよとのこと。その送り先はQatar Air Lines。 なんじゃこりゃと思い、何かの間違いだと考えたがどうも胸騒ぎがする。

クレジットカードの履歴を調べてみると、なんとQatar Air Lines から3回も引き落とされている。ということは使いもしないチケットを3枚も買っていることになる。このままではみすみす大金を失いかねない。一瞬パニックになったが冷静に考えてみると、出発前にならどうにかなるかもしれない。きっと出発後はどうにもならないだろうと考えすぐに連絡を取ろうとしたが、金曜日の深夜。どうにもならずに寝てしまった。


次の日は土曜日なのでどこの予約センターにも連絡が取れない、一応E-mailで送ってみたが怪しいものだ。かといってインドに行ってしまってからでは交渉は困難を極めるのは火を見るより明らかだ。

残る手段としてはフランクフルト空港で直接交渉しかないと判断。できてみると全員帰宅・・・。怒りと焦りは頂点に達していた。これだけ、カウンターがあって閉っているのはQatar Air Linesのみ。「何なんだお前らはー」と叫びたくなるのを抑えて、次の手段を考える。

次の手段としては片っ端からQatar Air Linesの予約センターへ電話してみること。PCをネットに繋げ、ホームページを見てみると、途方もない数。とりあえずドイツ国内だと思いベルリンへかけてみた。そうすると奇跡的につながり人が出た。

事情を話し、リファウンドをしたい旨を伝えると、帰ってきた答えは「それは僕の仕事じゃないから何もできないよ。来週にでも同僚に伝えておくから」だから(怒)そうすると飛行機が出発しちゃってリファウンドできなくなるかもしれないってことをさっき説明しただろがーーー(怒)

と反狂乱になりながらわめき散らすと、「わかった、わかった。とりあえず君のConfirmationを送ってあげるから5分待ってくれ」と言って電話を切った。しかし、5分経っても、20分経ってもメールは来ない。不審に思い、ベルリンへ電話してみると、機械の音声が今日の営業は終了です、とのこと。逃げたなと思った。

怒りのあまりビールでものまなきゃやってられんということで、ヴァイツェンビアーをあおる。何度他の所へ電話してもつながらない。出発の時間も迫っている。まぁしょうがない、かなりの大金だがすぐさま帰国しなければならない程のものでもないかと半ばあきらめながらホームページを見ていると、一つの電話番号を見つけた。

その電話番号はカタール国内だが、リファウンド専用と書いてある。一縷の望みを託し、電話をしてみると、女の人が出た。事情を説明するとあっさり、「あなたのリファウンドを受理したので、あとはメールで確認して下さい。」とのこと。

あまりにあっさりしていたので半信半疑のまま、ムンバイへと飛び立った。ムンバイに到着後メールを確認すると、しっかりとメールが届いていた。この一件のことが常に頭にあり、あまりにあたふたしていたのでインドに対する心構えとかそのようなものを何も持たずに、気がつくとそこはインドだった。混沌が待っていた。
wisen

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次の目的地

真夏のエジプトを去り、やってきたのは真冬のドイツ。寒いからというただ一つの正当に思える理由で外にもでずぬくぬくとした居候生活を知人宅で過ごすこと半月。快適なお部屋に、ビール。おまけに日本食もわんさか食べまくり、完全に腑抜けと化してしまった。

そんな月日はあっという間に過ぎ去り、ようやっと重い腰をあげて次の目的地を目指す。次の目的地はインド。とっても怠惰な毎日を過ごし、旅からも遠ざかり快適な生活を送ってきた身には多少堪えるかもしれないと心配はしたがチケットを買ってしまった。

去年末と年の初めにいくつかの悲しい出来事といくつかの嬉しい出来事があった。旅を日常にして既に9ヶ月を経過した。旅で何かを見つけようと出てきた訳ではないが、旅に出たからこそ見えるものもある。今年も至福の時が続く。

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make a wish

2008年12月31日はとても寒くて、どうにも外出等する気もおこらないような日だった。まったくのところ1年なんてあっという間に過ぎてしいってしまう。そんなことを考えながら、年越しそばを食べていた。

年越しそばはあったかいそばか冷たいそばかというとどちらかといえばこれまでの人生の中で圧倒的にあったかいそばが主流だったけれど、何故か27歳を過ぎてからは冷たいそばを好むようになっていた。

だからというわけでもないけれど、この日も冷たい茶そばを年越しそばとして食べていた。めんつゆなどというものは手に入らなかったが、何故だかそうめん専科という日本のつゆが手に入り、それをつけてずるずる年越しそばをすする。

夜も11:00になってくると、外からはひゅぅ、バン、バン。とたまに聞こえてくる。新年を祝う時に使う打ち上げ花火の音だ。時が進むにつれてその頻度も多くなる。待ちきれないのだろう。その音に混じりながら奇声も聞こえる。

ありったけの防寒着を着こみ外に出ようと試みるも、どうにも心もとなく、バックパックをひっくり返し、登山用の股引を取り出して装着する。どうしてこんなものを持ってきたのだろうか。そう思うものばかりをバックパックに詰め込み20kgにもなる重量のそれ、を持ち歩き彷徨い始めたのは今年のことだ。

トラムの停留所でしばらく待ってみたが来る気配は感じられない。そうだよな、誰も好き好んで大晦日の夜にトラムを運転したい人などいないのかと思い、駅に向かう。列車はいつもより多く、そして遅くまで運行している旨の張り紙が貼ってあった。その張り紙の内容を読めた訳ではないが、きっとそのようなことを書いているのだろうということは容易に想像できた。

この寒空の中でビールを喰らう人種は放っておいて、温かい香辛料入りのワインを飲む。特にこの地方独特の白ワインの温かいものを飲みたかったが、「ないわよ」と必ず朝ごはんにはうさぎを食べますというような女性が言い放つ。しょうがないから赤ワインを片手に川沿いの人混みを目指して歩く。体が透きとおっていくような寒さだ。

カウントダウンが終わった後は打ち上げられた花火の煙幕で目の前の視界がまったくないほどだった。となりのおじさんが踊りながら自分にも花火を手渡してくれる。誰もが飲み、笑い、踊り、寒がっている。年が明けた。

ガザ地区への地上部隊での侵攻はあり得るのだろうか?パソコンを開くと不明なデバイスのドライバをインストールしてくださいと警告表示が出たので後から確認するを選んだらパソコンがフリーズした。人生とは結局そういうものなのかもしれない。子供の手から離れた風船が風に飛ばされるみたいに、我々もまた偶然という風にふかれ彷徨う。

去年から、何もかもを放っぽりだし日本を出て彷徨い続けた。こうして年越しそばを食べて新年を迎えられたことに多大なる感謝の念がこみ上げてくる。きっとというか今年も同じような生活になることは間違いない。そしてその生活にも終りが来ることも。まあどこへいって何をしていても、食って、寝て、排泄する。結局のところそんなもんなのだろう。

外では浮かれた若者が花火を鳴らし続けている。こんなに寒いのにキャミソールなんかで外を歩いているおんなの子の手の中で花火が暴発する。酔っ払っているから痛みはないのだろう。笑い転げている。明日、いや今日の朝にはとんでもない量の花火の燃えカスやらで街はひどいことになっているはずだ。

誰がそれを掃除しているのかはわからない。でもきっと朝になるといつもと同じ街に戻っているはずだ。歳をとってもわからないことはいっぱいある。一体誰が掃除しているのだろうか。
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逸楽と悪徳の街 

ベルリンに来るまでは、ビールをガンガン飲んで、ビールレポートでもUPするかなどと考えていたが、人を馬鹿にしたようなユーロ高+物価高のせいでひもじい生活になってしまった。生ビール1杯、600円近くするので、ビールレポートはあきらめました。だって、チェコでは1杯140円くらいだったのに。ソーセージだって高いし、やってられん。

それでも、初日はあまりのユーロ高に必死の抵抗。安いパンで3食すまし、飲み物も水だけ。暑い日中をひたすら徒歩で観光。地下鉄だって1回のるのに400円位するし。そんな修行僧のような我慢も一日でぷっつん。

ここはドイツの首都ベルリン。大都会。金さえ出せば何でも買える。そんな悪徳の街の誘惑に負け、当初1週間の滞在予定を4日間に短縮し、惜しみなく金を使う契約を自分の中の悪魔と結んでしまった。そして、たどり着いたのが回転寿司食べ放題。我を忘れて食べまくり、しめて18皿。何をやっているんだ何を。

ベルリン最後の日はこの旅行の目的でもあるペルガモン美術館へ。丁度今時期にBabylonの特別展示をやっており、それをナショナルジオグラフィックで見て、どうしても行きたくなってしまったのであった。

Babylonとは古バビロニア王国の首都、逸楽と悪徳の街。伝説では神に近づくためにバベルの塔を建造しようとしたが、神の逆鱗にふれ塔を破壊、人々に様々な言語の違いをもたらしたと言い伝えられている。今日あるたくさんの言語の起源を神話的に説明しているものである。

展示はtruth (真実)とmyth(神話)との2つの展示からなり、初めにBabylonの歴史的な真実を、次にBabylonに関するさまざまな神話が展示されていてとても興味深かった。とはいっても何でこんなにBabylonに反応するかというとただ単に子供の頃にバビル2世が大好きだったからというしょうもない理由からである。
babylon
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シュプレヒコール

シュプレヒコール。第一次世界大戦中、ドイツの革命家リープクネヒトが案出したものといわれ、スローガンなどを訴えるのに効果的。主にデモや左翼演劇などで用いられる。


さすが本場ドイツ。ホテルから出るクルーズ船の運航に反対する人たちがシュプレヒコールをあげていた。どうやっているかというと、川を遮るように、ゴムボート、カヌー、カヤック、浮き輪、ゴム製の浮島、などなど個性豊かな乗り物に乗りクルーズ船の運航を妨げている。

大型のクルーズ船の前に今にも沈みそうな若者たちが大声を張り上げて抵抗する。両岸からはたくさんの若者がブーイングやドラム缶をたたいたり、ガンガンテクノミュージックをかけて大騒ぎ。クルーズ船の運航は一時的には止まるが、行き過ぎた行為に対しては警察の船が干渉する。クルーズ船は本当に何分間おきにたくさん通る。その度に大騒ぎ。時には、ゴムボートでクルーズ船に突進し、警察に御用になっている人もいた。

詳しくはわからないが、隣のにいた兄ちゃんに事情を聞くと、クルーズ船に乗るようなリッチピーポーに抗議の声を上げることによって、経済的な格差が生じている社会問題に抗議するというところか。正確なところはどうなのか確認はしていないが、そんなところなのだろう。

確かにクルーズ船の運航はたくさんあり、時には誰も乗っていないのにガンガン運航している。これじゃ川にも悪い影響がでるし、使用している燃料も相当なものだろう。初めは事態のものものしさに恐れをなしていたが、事情がわかるとだんだんそんな緊迫しているものではないことがわかる。

どちらかといえばみんな楽しんでいる。そんな雰囲気に誘われ、両岸の人だかりに行ってみることに。そこはBar25というクラブ。みんなビールを片手に大騒ぎ。時々警官隊が突入してきて緊迫した場面もあったが、シュプレヒコールをあげ、警官隊はすごすご帰っていった。

その後はその繰り返し、楽しみながらデモ活動に参加し、ゆったりとした時間を過ごす。夜は夜で盛り上がっていたので、ベルリンの文化ともいうべきナイトライフをすっかり満喫できた。その上、となりのビーチバーみたいな所ではビーチバレーをやっている人がいて混ぜてもらった。久々のバレーもできて大満足だったが、はりきりすぎて指をきってしまって出血。血をたらしながら思いっきり楽しむことができた。
barěř

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